[開発プロセス#10] バインディングとイベント処理の記述

ここまでのところで、ロバストネス図を出発点として、Webアプリケーション向けに設計図を作成するための表記方法を検討してきた。バウンダリーを詳細化して、必要な要素に分解してダイアグラムに記述することや、処理をコントローラーという大きな単位でなく、処理ステップという小さな単位で術することで、具体的な設計情報をダイアグラムに入れることができることを示した。続いて、クライアントサイトでのバウンダリーとエンティティの関係をバインディングという視点で見た時にどのように記述するかを検討し、そこから、イベントのハンドリングを記載する方法を検討する。

Web、すなわちHTMLでのユーザーインタフェースコンポーネント、つまり、ユーザーからの応答を受け付けるコンポーネントは、さほど種類は多くはない。ここではまず、テキストフィールド(INPUTタグでtype属性がtext)と、ボタン(BUTTONタグ)の2種類のコンポーネントを考える。例えば、ボタンを押すと、何か文字列がテキストフィールドに入るといったごく単純なプログラムを作りたいとしたら、ロバストネス図的には次のようになるだろう。今回は処理のステップまでは考えないので、コントロールは丸い矢印線のアイコンで記述することにする。

step1

ここで、バインディングの実装が入るとどうなるかを検討する。バインディングを一般的に記述すると、変数とコンポーネントの値が連動することと言える。ここでのコンポーネントは、テキストフィールドやあるいはHTMLの場合はノード(タグ要素)そのものも示す。そして、コンポーネントの値を得るには変数を参照することで可能となり、コンポーネントの値を変更するには変数に代入するということで実現する。つまり、変数がコンポーネントに成り代って存在することであり、変数とコンポーネントの状態の管理は、全てが自動的に、つまりはフレームワーク側で行うことが期待されてる仕組みである。タグによって動作が違う点の吸収など、実装上は様々なことを検討する必要があるが、ここではバウンダリーの値と変数の値が連動する点に集中することにする。前のロバストネス図を、テキストフィールドに対する変数があるとすれば、変数に代入すれば、その値がテキストフィールドに反映するという流れを次のように記述できる。

step2

しかしこれでは一方向だけの処理である。現実には、変数とテキストフィールドの双方向のやりとりが発生していて連動しているのだが、ここで、ステレオタイプを利用した表記を導入する。点線矢印にbindingというステレオタイプを記述することにした。本来は鏃を両側に記述したいのであるが、クラス図の点線矢印は依存関係を示すものなので、双方向という記述はできなくなっている。もちろん、ここでの点線は依存ではないのだが、処理の流れに実線を利用しているので、ここでは依存の矢印で代用し、ステレオタイプをつけることにする。なお、bindingは双方向であることが前提なので、鏃が片方でも誤解をすることはあまりないと考える。

step3

テキストフィールドが2つあって、一方で値を変更すると、もう一方に自動的にその値が反映される状態を記述すると、一例はこのようになる。テキストフィールドごとに変数を確保したとしたら、テキストフィールド2向け変数が更新された時、Observer実装が機能して、あるコントロールの処理が機能し、その結果、別のテキストフィールドの変数に値が代入されるということを意味している。処理2への矢印にobservedというステレオタイプをつけたが、observerは処理2、observableなものはテキストフィールド2向け変数である。ただ、この記述は仮のものである。

step4

ここで、observer実装により変数の変更によって処理が実行される状態を次のように記述する。つまり、監視している処理2から、監視対象のテキストフィールド2向け変数に対して、点線矢印を引き、ステレオタイプとしてobservingと記述する。背後で様々なメカニズムを持つとしても、設計時に概念として知っておくべきことは、何が何を監視しているかということだ。処理2では、テキストフィールド2の変更がbinding-observingとたどることで、処理2が開始される。処理2はテキストフィールド2向けの変数の値を得て、テキストフィールド3向け変数にその値を代入し、テキストフィールド3の値が更新される。

step5

続いてイベント処理も同様に記述できることを示す。イベントは、HTMLのコンポーネントにおいては既定値で発生させることができるようになっている。フレームワークによってはモデルのコンポーネントで独自のイベントを発生するようものもあるが、ここではHTMLの標準の仕組みを考える。以下の図で、ボタン2に対して処理3から、やはり点線矢印が引かれており、event-clickというステレオタイプが記述されている。eventは固定のキーワードで、ダッシュの後に、イベント名(ここでは「click」)を記載し、つまりはボタン2でクリックイベントが発生すると、処理3が実施されることを明確に記述することができる。この図では、ボタン2のクリックにより、テキストフィールド3向け変数に値が代入されるので、テキストフィールド3の値が更新される。

step6

イベントやobserverの実装の記述を利用すれば、バインディングの処理そのものを記述することができる。システム設計上は、bindingというステレオタイプで線を引くだけでいいが、実装をするとなると、次の図のようになる。つまり、テキストフィールドからのいくつかのイベントを拾い、その結果を対応する変数に反映させる作業が必要になる。一方、変数の変更があれば、observingしているコントロールに処理が移り、変数の値をテキストフィールドに反映させる作業が必要になる。この図を見ると、明らかにループしそうだ。テキストフィールドの変更結果が変数を更新し、その結果observerによりテキストフィールドを更新する。ただ、HTMLの場合、そこでイベントは発生しないので、無限ループにはならないが、処理に無駄が出る。これを回避する方法としては、変数の更新処理において、obeserverを動作させるものとさせないものを用意して、適切なメソッド呼び出し(あるいは引数設定)をするといった方法がある。何れにしても、バインディングについては、通常は図の上の表現でも良いが、これまでに検討してきた結果をもとに、その部分を詳細に記述することも可能である。

step7

クライアントサイドでの設計で必ず考慮すべきイベントの表記も含めて、JavaScriptレベルの実装に近づけるより詳細なダイアグラムの記述ができるようになってきたと言えるだろう。