電子出版のコンテンツが限られるとすれば、その理由は?

日本でもiBooksが開始されました。けっこう時間がかかったという気がしますが、iPadが出た頃の盛り上がりの期待ほどでもないという点からは、時間がかかってサービスが立ち上がったところで誰も損はしていないのかもしれません。

さて、電子出版と言ったときにいろいろなコンテンツが考えられますが、やはり、既存の書籍や雑誌等の紙媒体と同等なコンテンツというのが1つの大きなジャンルになるのは疑いもない事実です。今回は、従来型書籍の電子化において、どうしてタイトルが増えないのかという点についての1つの見方を書きます。とはいえ、今現在はかなり増えていると思いますが、「元年」と言われて2年くらいはほんとにコンテンツが増えませんでした。もちろん、リーダや販売方法などといった、技術的な問題やインフラの問題もあり、そこは多くの人の興味がそそられるところでしょう。しかしながら、契約の問題はあまり深入りされることもなく過ごされています。

紙の書籍を出版すると、筆者と出版社はいわゆる「出版契約」という契約を結びます。正しくは、執筆前に契約するのですが、まあ、そういう事例はほとんどなく、通常は筆者が書き終わって出版するまでの間に取り交わします。文面に、「原稿をいついつまでに作成し…」などと寒い条項があるのは気にせずに進めます(大笑)。また、契約を結ばなくても、一般的な出版契約が結ばれたとみなされる点についても、かなり以前に裁判があって確定しているというのを聞いた事があります。借地権みたいなルールがあるのです。その契約書は、多くの出版社は、日本書籍出版協会のヒナ型を使っています。出版に興味のある方は、ぜひともこの契約を読んでください。最近では、電子出版に対応したバージョンもあります。

この出版契約で微調整するとしたら、印税などのお金の部分と、日時といった時間的要素だけでしょう。他の部分を調整したことを聞いた事はありません。その結果、出版権という権利が出版社に設定され、出版に関する権利を独占的に有することになります。筆者、つまり著作権者は著作物なのに自分で任意の方法で公開する事は契約上できなくなります。契約上の文言は時代とともに変化していますが、独占的な権利を持つという点はずっと同じです。

以前だと、出版物の流通経路は、出版社から書店に至るものしかなかったので、独占契約をしても、他のルートがあったわけではありません。もっとも、A社よりB社の方がたくさん売ってくれそうだとか、A社の担当者と喧嘩しておざなりにされたので別の出版社に変わりたいと言っても、そう簡単には出版した本の出版社は変更できるものではありません。私の経験でも、版元の会社が解散するので別の会社から改訂版を出すようなこと少しありましたが、これはレアケースでしょう。

結果的に、紙の出版物は、出版社が電子出版化することを決定しない限りは、電子出版として出回らないのです。筆者がどんなに希望しても、出版社の決定がなされないといけません。もっとも、出版社に多大な利益をもたらす筆者の場合はそれなりに意見は通るかもしれませんが、それはごく一部の話です。大多数は関係ないという感じです。出版社も電子出版に乗り気ですが、口を揃えて言うのが「電子出版は売れない」という話です。この話は回を改めますが、安定したビジネスの枠組みから出られない出版社ほど、電子化しないということになるわけです。たぶん、この3年ほどで、出版社を中心とした出版界の枠を出てしまった人は決して少なくはありません。その理由は、電子出版に対して消極的な態度を見せた出版社に対する不満が大きいと思います。契約で権利を保持するのはもちろん必要なことですが、独占権を持ちつつ権利を行使しないというのが、現在限られたコンテンツしか電子書籍になっていない状況を生み出しているのです。

ちなみに、出版権は、一般には書籍を廃版にすると消滅されることになりますが、契約の解除をしないと、いつまでも出版社に権利は残ります。私は何度か解除の依頼を出した事がありますが、交渉とか何もなく、即座に対応してくれました。出版社に取っては廃版となると一切お金にならないものは持っていても仕方ないですもんね。でも、在庫が山積みになっていると、なかなか廃版にはなりません。資産の破棄となり、そこで損失が発生するので、実は、廃版というのは会計的な意味でも大変なことなのです。

契約と言えば、私はいくつかの書籍で、珍しく出版前に契約をしたことがあります。がんばって、決められた日付までに原稿を提出して、そこから出版されたのは半年以上経過していました。契約書では、提出後3ヶ月くらいの期間で出版社は発刊するという文言があったのです。ちょっと釈然としないのですが、紳士的に「どうなってんの?」と問い合わせて返ってきた答えがこれまた絶妙でした。原稿の受け取り日は、出版社が自由に決められると言ってきました。つまり、私が書き終わって提出した日ではなく、出版社がさて編集始めるかと決めた日が「受取日」になるというものです。契約と言ってもいい加減なものです。まあ、この出版社はあまりいい末路でもなかったのですが、こういう経緯があっただけに、申し訳ないですが、同情する気にはなれませんでした。

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